2010年 08月 26日
冬の日-----骨接ぎ先生・3-----
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すみません、改題しました。
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物珍し気にきょろきょろと見回していた骨接ぎの目が、陛下のお部屋に入ると一点に注がれた。妙な服にくるまった男は、そのままつかつかと歩き、朱雀将軍の正面に屈み込んでしまった。
なんてことだ!陛下に尻を向けるなんて!
「おい、あの、先生!」
袋を置きながら呼ぶが、全く聞こえていないらしい。陛下の眉間は心配げに曇っていたが、奇妙な老人の出現で明るくなってきていた。侍医もコムル人も、何事かと珍妙な男を見つめている。
「いいから、このまま診せろ。」
お言葉すら聞こえていないようだ。骨接ぎはふむふむと頷きながら顔を近づけ、今にも触れそうな側から将軍の足を眺め回した。
「動かさなければ痛みはないですな?この盛り上がっているところが折れているが」
言いながら手振りで示すので、袋から竹を二本取り出す。それを山形に合わせて将軍に示した。
「このようになっておるわけだ。だからこの山を抑えてまっすぐにしてつながなければならん。そうでなければこのままくっついてしまう。さらに、割けるように砕けた骨が横向きに離れているかもしれんから」
そこで両手で足を包むような仕草をしてみせた。
「この向きからも締めておく。腫れが引けば、砕けた骨が遊んでおるか、もっとよくわかるようになるが、細いところだから、おおむね大丈夫。」
朱雀将軍は、感心したように頷いた。
「どうして見ただけでわかる?」
「似たような足の骸を切り開いて中を見たからな。」
場が凍り付いた。
それにしても、骨接ぎはまったく陛下には説明しない。先ほどからまっすぐに将軍と、いや将軍の足と向き合っているだけだ。さすがに気になってきて、ちらちらと陛下を見るが、腕を組んで微笑んでおられるだけだ。
「おい、ジンシク。」
おいとは何だ。いつの間にか名を呼び捨てにされている。
「竹を五本出せ。火桶に入れた炭とな、細く裂いた布。」
よどみなく指示が出る。それらを順に揃える間に、老人はにまりと将軍に笑いかけた。明日にも歩けますが、外へお出かけになりたいでしょうな?ぽかんとかぶりをふる将軍に、満足そうに頷くと、追加の指示が飛んできた。ジンシク、将軍の古靴から底を切り取ってもってこい。
まったく人使いが荒い爺さんだ。いつの間にか助手にされて、こまごまと動き回らされている。
骨接ぎが器用に竹を炙っては曲げ、形の違う竹が五本、並べられた。さらに細い竹も取り出されている。細く切った布、古靴の底。骨接ぎが手揉みしながら将軍に頭を下げた。
「武勇名高い将軍と伺っております。骨を接ぐには一度だけ、手荒なことをせにゃあなりません。どうかご勘弁を。」
ごくり、と将軍の喉が鳴った。
「矢の傷から、矢じりを抜かれたことは?」
「あ、ある。」
「では大丈夫。太王陛下。」
いきなり呼びかけられて、陛下の目が丸くなる。当たり前だ。こっちも驚いて息が止まりそうだ。挨拶もしなかったくせに、何なんだ。
「将軍の後ろから、脇を抱えて抑えてください。そこの方は左足だ。ジンシク、お前は右の腿。絶対にわしの腕にぶつかるなよ。で、侍医の先生、わしが言う物を順に渡してください。」
何なんだ。何が起こるんだ。陛下は言われるがまま、将軍の背後に回り、椅子の背もたれ越しに脇に手を差し込まれる。ちょっと、わかった、布を噛ませてよ、ねぇ。将軍が慌てて言う声はまるっきり無視され、爺さんはそのまま声をかけた。
「いいですかな、みなで押さえて、それ!」
大の男が三人掛かりで、細い身体にかぶさった。
ぎゃああああああ!!
悲鳴ではなくやはり絶叫だ。骨接ぎが、ただ一点に力をこめて、足の甲を引き、またすぐに押し込んだ。
柔らかな太腿が跳ねる。しなやかな肉の動きが伝わって、思わず手元が緩んでしまった。何やってるんだ、おれは。
それっきり。ぐったりと力が抜けた将軍は、やはり涙目だ。
「肉の傷よりずいぶん堪えるな。すまん、布だと言ったか?」
陛下はくすくす笑いながら、そのまま背後から将軍を抱いていた。指の腹で涙を拭っている。
実に器用に、爺さんは将軍の足を竹で包んでいった。曲げた竹は踵に沿い、折れた甲をまっすぐ挟んでいる。横からも細竹を回す。それをしっかりと布で巻いていった。まるで堅い殻ができたようだ。侍医とコムル人が食い入るように手元を見ている。最後に古靴の底をつけて終わりだった。
「痛みは。」
ひどい目にあったばかりの将軍は、涙目のまま不思議そうに言った。
「ないな。痛みはない。」
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物珍し気にきょろきょろと見回していた骨接ぎの目が、陛下のお部屋に入ると一点に注がれた。妙な服にくるまった男は、そのままつかつかと歩き、朱雀将軍の正面に屈み込んでしまった。
なんてことだ!陛下に尻を向けるなんて!
「おい、あの、先生!」
袋を置きながら呼ぶが、全く聞こえていないらしい。陛下の眉間は心配げに曇っていたが、奇妙な老人の出現で明るくなってきていた。侍医もコムル人も、何事かと珍妙な男を見つめている。
「いいから、このまま診せろ。」
お言葉すら聞こえていないようだ。骨接ぎはふむふむと頷きながら顔を近づけ、今にも触れそうな側から将軍の足を眺め回した。
「動かさなければ痛みはないですな?この盛り上がっているところが折れているが」
言いながら手振りで示すので、袋から竹を二本取り出す。それを山形に合わせて将軍に示した。
「このようになっておるわけだ。だからこの山を抑えてまっすぐにしてつながなければならん。そうでなければこのままくっついてしまう。さらに、割けるように砕けた骨が横向きに離れているかもしれんから」
そこで両手で足を包むような仕草をしてみせた。
「この向きからも締めておく。腫れが引けば、砕けた骨が遊んでおるか、もっとよくわかるようになるが、細いところだから、おおむね大丈夫。」
朱雀将軍は、感心したように頷いた。
「どうして見ただけでわかる?」
「似たような足の骸を切り開いて中を見たからな。」
場が凍り付いた。
それにしても、骨接ぎはまったく陛下には説明しない。先ほどからまっすぐに将軍と、いや将軍の足と向き合っているだけだ。さすがに気になってきて、ちらちらと陛下を見るが、腕を組んで微笑んでおられるだけだ。
「おい、ジンシク。」
おいとは何だ。いつの間にか名を呼び捨てにされている。
「竹を五本出せ。火桶に入れた炭とな、細く裂いた布。」
よどみなく指示が出る。それらを順に揃える間に、老人はにまりと将軍に笑いかけた。明日にも歩けますが、外へお出かけになりたいでしょうな?ぽかんとかぶりをふる将軍に、満足そうに頷くと、追加の指示が飛んできた。ジンシク、将軍の古靴から底を切り取ってもってこい。
まったく人使いが荒い爺さんだ。いつの間にか助手にされて、こまごまと動き回らされている。
骨接ぎが器用に竹を炙っては曲げ、形の違う竹が五本、並べられた。さらに細い竹も取り出されている。細く切った布、古靴の底。骨接ぎが手揉みしながら将軍に頭を下げた。
「武勇名高い将軍と伺っております。骨を接ぐには一度だけ、手荒なことをせにゃあなりません。どうかご勘弁を。」
ごくり、と将軍の喉が鳴った。
「矢の傷から、矢じりを抜かれたことは?」
「あ、ある。」
「では大丈夫。太王陛下。」
いきなり呼びかけられて、陛下の目が丸くなる。当たり前だ。こっちも驚いて息が止まりそうだ。挨拶もしなかったくせに、何なんだ。
「将軍の後ろから、脇を抱えて抑えてください。そこの方は左足だ。ジンシク、お前は右の腿。絶対にわしの腕にぶつかるなよ。で、侍医の先生、わしが言う物を順に渡してください。」
何なんだ。何が起こるんだ。陛下は言われるがまま、将軍の背後に回り、椅子の背もたれ越しに脇に手を差し込まれる。ちょっと、わかった、布を噛ませてよ、ねぇ。将軍が慌てて言う声はまるっきり無視され、爺さんはそのまま声をかけた。
「いいですかな、みなで押さえて、それ!」
大の男が三人掛かりで、細い身体にかぶさった。
ぎゃああああああ!!
悲鳴ではなくやはり絶叫だ。骨接ぎが、ただ一点に力をこめて、足の甲を引き、またすぐに押し込んだ。
柔らかな太腿が跳ねる。しなやかな肉の動きが伝わって、思わず手元が緩んでしまった。何やってるんだ、おれは。
それっきり。ぐったりと力が抜けた将軍は、やはり涙目だ。
「肉の傷よりずいぶん堪えるな。すまん、布だと言ったか?」
陛下はくすくす笑いながら、そのまま背後から将軍を抱いていた。指の腹で涙を拭っている。
実に器用に、爺さんは将軍の足を竹で包んでいった。曲げた竹は踵に沿い、折れた甲をまっすぐ挟んでいる。横からも細竹を回す。それをしっかりと布で巻いていった。まるで堅い殻ができたようだ。侍医とコムル人が食い入るように手元を見ている。最後に古靴の底をつけて終わりだった。
「痛みは。」
ひどい目にあったばかりの将軍は、涙目のまま不思議そうに言った。
「ないな。痛みはない。」
by kuro-kmd
| 2010-08-26 19:50
| 冬の日