2011年 02月 02日
とりとめもなくタムス
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あんまし甘くないですけど、一度書いてみたかった…。タムス網羅篇ww
最後の現代篇、実は陶工のエピローグの構想だ!にゃはー
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神壇樹の小鳥が一斉に飛び立った。夕暮れ。ねぐらを取り合って姦しく鳴き交わしていた鳥たちが姿を消すと、いっそう足を早めたような夕暮れの帳があたりを包む。暗く陰を落とした一対の足音が、不意に止まった。
「ファヌ…」
言葉は途切れて後が続かない。セオは滑らかな肩を大きく上下させて息をした。とまどいを含んだ視線は、銀色に輝くように光を帯びた夫に注がれている。わずかに咎めるような色を含んだ瞳は、柔らかな銀色の光に押されてすぐに和らいだ。
唇が捉えられる。神の名を被った大いなる樹は、いまやセオの柔らかな髪を押し付けられて、苦笑し身を反らすようにも見える。自らが愛おしむ人の営みを眼下に、セオを愛しむのが神の子の常だった。遠く赤々と灯る炊屋の明かり、赤子の泣き声。それらをファヌンは何より愛おしんだ。
巨きな幹に押し付けられたセオは、喉頸を反らしてわずかに口を開き、ごくりと溺れそうな息を飲み込んだ。目の前に輝く瞳がある。自分を神の樹に釘付けにしているのは、しなやかな衣に包まれた白い身体だ。白銀に輝く衣の下に、張りつめた肌がある—。そう連想したセオの、白桃のような頬がわずかに染まった。
ファヌンの瞳は、その色を目敏く捉えた。神の子が悪戯っぽく笑う時がある。片頬をうっすらと窪ませて唇の端が上がる。それを見るとセオの胸で何かがきゅっと内側から掴まれる。そして熊族の娘は、毛皮の肩衣の下で華奢な胸を震わせた。いくつの月が過ぎ去ってもなお…この胸、唇を知らなかった頃と同じ、無垢な乙女の頃と同じ…
++++++++++
「ちゃんと眠っていますか?」
何度聞いても、年若い王は答えをはぐらかした。眠っていないのは周知の事実で、護衛の兵も侍従も、近習はみな知っている。何かを探すのか—王は宮殿を隅々まで歩き回った。
何度目のことか。大殿の入り口で、スジニはタムドクの衣の裾が翻るのを見た。無言で押しとどめると、続くいくつかの陰はようやく止まった。唇に指を押し当て、かすかに首を巡らす。その彼方にある憂えたような白い横顔に、ようやくみなの足が止まった。
「眠らなければ、朝を迎えて、また一からやるぞという気になれないのでは?」
石段に並んで座ると、スジニはちらりと自分の肩先のその先を見た。憂えたような色はそのままに、こちらもちらりと視線を投げて寄越す。その様子にほっと息を吐くのを隠すようにして、スジニは頭を振った。
「朝がきたら、新しい一日です。王様?皆に新しい命を下す方は、一日ごとを区切るためにも、お休みになったほうがいいのでは?」
まるで闇夜の蝙蝠のようにひっそりと飛んできて寄り添った少女に、年若い王は満面の笑みをようやく抑えた。
「今までどこに居たんだ?眠れ眠れとみな勝手ばかり言う…。わたしは昔からこうなんだ…子どもの頃から闇夜が友達だ」
間近で瞳が煌めいた。くい、と手首を返し、煌めきが問いかける。ため息をついたスジニは、懐から小さな酒瓶を取り出した。
「ちょ、全部飲まないでくださいよ!苦労して集めた王様の飲み残しなんだから…。どれもものすごい酒ばかり—」
そう聞けばなおのこと、タムドクは瓶に口をつけて一気に呷った。小さく咽せ込んで胸を叩く。スジニが声を上げて笑った。
「ばちが当たったんですよ!ほら、もう返して、王様はいくらでも—」
もみ合った瞳が瞳に絡む。二の腕を掴まれてスジニは焦った。知っていた。知ってはいたが—逞しい腕力。こんな絹を着て、こんな滑らかな頬をしているくせに。思わず力が緩み、スジニはタムドクの膝に傾れ込んだ。なにやってんだ、と言葉の前に視線がからかう。
「もう!なんなの!」
王の膝から転がり出た小さな肩が震えている。もう少し、そうしていればいいのに—ふたりは同時に、一瞬で過ぎた温もりを惜しんだ。
++++++++++
ことり、と重たげな音は、皿の造作のせいではない。侍従が盛り上げた、肉と香草、味噌の重みだった。高句麗の太王の食膳とは思えぬ、質素なつくりの小さな卓。それを挟んで白い絹で寛いだふたりは、無言で杯を取り上げた。
平たい皿は中心が丸く区切られ、さらにその外側を放射状に区切られている。中心には炙った山鳥の肉、放射状に取り巻くように、塩や味噌、香草が盛られていた。スジニの細い指先が山鳥の手羽元を折取ると、味噌を掬って目の前の唇に差し出した。
呆れたように杯を持った手が止まった。それから口元が微笑みに緩んだ。かすかに笑いが漏れる。ゆっくりと誘うように、髭に囲まれた滑らかな唇が開く。艶やかに輝く白い歯がこぼれ、ほっそりとした手指は一瞬躊躇した。それから気を取り直したように、山鳥の手羽を押し込んだ。
吸い込むように肉を舐めていた唇は、すぐにほっそりとした白い関節を食んだ。肉を噛みながら指を舐め、かすかに染まったスジニの頬を上目遣いの視線が射抜く。手首を掴まれたスジニは、薬指を含まれて小さく息を吐いた。もうひとつ、酒の瓶を音もなく置いたジンシクは、何も見えぬという顔でそそくさと辞した。
「このようにして供されると給仕が要らぬな。もしこれがデウンの考案した皿ならば、讃えねば—」
手のひらへの口づけが音を立てる。健啖なスジニのためにというのか、太王は同じように山鳥をむしりとってスジニの唇に差し出す。いやいやと首を振るようなスジニに、太王は笑っておのれの唇を差し出した。
「草を、ひとひら—」
強欲だと王が笑う。強く香る香草を千切ると、太王は寵妃の唇を開いて押し込んだ。強く噛み締め、青い香りが立つ。そのまま貪るように太王が唇を重ねた。侍従の気配は遠く消え、蝋燭の芯がジジ、と鈍い音を立てた。
++++++++++
「食べさせてあげようかな〜?」
悪戯っぽいスジニの声色を避け、タムドクはおおげさに頭を反らした。空振りしたスジニがつまらなそうに自分の口に箸を運ぶ。代わりに無愛想なコップを取り上げたタムドクは、口一杯に頬張って目を細めるスジニを見て微笑んだ。
「どこに入るんだか、よくそんなに食うな…。後で確かめてやる」
言葉尻はげほげほと咳き込んだ大騒ぎに紛れた。真っ赤な顔をして胸を叩くスジニを、タムドクは面白そうに眺めて放っておいた。いつもと同じような白いコットンのシャツ。一日中博物館にこもっていたせいか、カビ臭いような気がする。小首を傾げて眼鏡を持ち上げる仕草に、スジニは小さく笑った。緩く結わえていた長髪を掻き揚げる仕草は、がやがやとにぎわう小さな食堂に馴染んでいた。とうていソウルの売れっ子フォトグラファーには見えない。座り込んだ座敷席で長い脚を折り、今しがたまで格闘していた陶器やら鉄器の埃を纏ったまま、タムドクは満足げに片肘をついていた。
「こんな辛気くさい仕事を受けるなんて思いませんでしたよ。一体どういう風の吹き回しですか?」
酒を流し込み、ようやく落ち着いたスジニが改めて問う。タムドクは答えずにただ笑っていた。
「おカミのお仕事なんてシケてるし嫌いでしょう?こんな、博物館の資料撮りなんて、いくら記念誌用っていったって」
スジニは卓上の皿から味噌を掬って箸先を舐めた。
「そういえばこのお皿、そっくりですねぇ…今日撮ったやつに。ねえ、ボス、何千年前か知りませんが、わたしらの祖先も同じように食べていたのかな?仲のいい人とこうやって、仕事の愚痴でも言いながら、いろんな味のものを並べて—」
タムドクは笑った。いつもは飲まないコップ酒の焼酎が回ったのかもしれなかった。いい気分だ—そう思いながら、軽く口を開けてスジニを待った。サンチュで包んだ肉なのか、ケンニップを畳んだ白い指なのか、いずれにしても噛んで吸ってやろうと待ち構えていた。微笑んだ白い歯列の前で竦んだ箸は、固い音をたてて卓上に落ちた。
最後の現代篇、実は陶工のエピローグの構想だ!にゃはー
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神壇樹の小鳥が一斉に飛び立った。夕暮れ。ねぐらを取り合って姦しく鳴き交わしていた鳥たちが姿を消すと、いっそう足を早めたような夕暮れの帳があたりを包む。暗く陰を落とした一対の足音が、不意に止まった。
「ファヌ…」
言葉は途切れて後が続かない。セオは滑らかな肩を大きく上下させて息をした。とまどいを含んだ視線は、銀色に輝くように光を帯びた夫に注がれている。わずかに咎めるような色を含んだ瞳は、柔らかな銀色の光に押されてすぐに和らいだ。
唇が捉えられる。神の名を被った大いなる樹は、いまやセオの柔らかな髪を押し付けられて、苦笑し身を反らすようにも見える。自らが愛おしむ人の営みを眼下に、セオを愛しむのが神の子の常だった。遠く赤々と灯る炊屋の明かり、赤子の泣き声。それらをファヌンは何より愛おしんだ。
巨きな幹に押し付けられたセオは、喉頸を反らしてわずかに口を開き、ごくりと溺れそうな息を飲み込んだ。目の前に輝く瞳がある。自分を神の樹に釘付けにしているのは、しなやかな衣に包まれた白い身体だ。白銀に輝く衣の下に、張りつめた肌がある—。そう連想したセオの、白桃のような頬がわずかに染まった。
ファヌンの瞳は、その色を目敏く捉えた。神の子が悪戯っぽく笑う時がある。片頬をうっすらと窪ませて唇の端が上がる。それを見るとセオの胸で何かがきゅっと内側から掴まれる。そして熊族の娘は、毛皮の肩衣の下で華奢な胸を震わせた。いくつの月が過ぎ去ってもなお…この胸、唇を知らなかった頃と同じ、無垢な乙女の頃と同じ…
++++++++++
「ちゃんと眠っていますか?」
何度聞いても、年若い王は答えをはぐらかした。眠っていないのは周知の事実で、護衛の兵も侍従も、近習はみな知っている。何かを探すのか—王は宮殿を隅々まで歩き回った。
何度目のことか。大殿の入り口で、スジニはタムドクの衣の裾が翻るのを見た。無言で押しとどめると、続くいくつかの陰はようやく止まった。唇に指を押し当て、かすかに首を巡らす。その彼方にある憂えたような白い横顔に、ようやくみなの足が止まった。
「眠らなければ、朝を迎えて、また一からやるぞという気になれないのでは?」
石段に並んで座ると、スジニはちらりと自分の肩先のその先を見た。憂えたような色はそのままに、こちらもちらりと視線を投げて寄越す。その様子にほっと息を吐くのを隠すようにして、スジニは頭を振った。
「朝がきたら、新しい一日です。王様?皆に新しい命を下す方は、一日ごとを区切るためにも、お休みになったほうがいいのでは?」
まるで闇夜の蝙蝠のようにひっそりと飛んできて寄り添った少女に、年若い王は満面の笑みをようやく抑えた。
「今までどこに居たんだ?眠れ眠れとみな勝手ばかり言う…。わたしは昔からこうなんだ…子どもの頃から闇夜が友達だ」
間近で瞳が煌めいた。くい、と手首を返し、煌めきが問いかける。ため息をついたスジニは、懐から小さな酒瓶を取り出した。
「ちょ、全部飲まないでくださいよ!苦労して集めた王様の飲み残しなんだから…。どれもものすごい酒ばかり—」
そう聞けばなおのこと、タムドクは瓶に口をつけて一気に呷った。小さく咽せ込んで胸を叩く。スジニが声を上げて笑った。
「ばちが当たったんですよ!ほら、もう返して、王様はいくらでも—」
もみ合った瞳が瞳に絡む。二の腕を掴まれてスジニは焦った。知っていた。知ってはいたが—逞しい腕力。こんな絹を着て、こんな滑らかな頬をしているくせに。思わず力が緩み、スジニはタムドクの膝に傾れ込んだ。なにやってんだ、と言葉の前に視線がからかう。
「もう!なんなの!」
王の膝から転がり出た小さな肩が震えている。もう少し、そうしていればいいのに—ふたりは同時に、一瞬で過ぎた温もりを惜しんだ。
++++++++++
ことり、と重たげな音は、皿の造作のせいではない。侍従が盛り上げた、肉と香草、味噌の重みだった。高句麗の太王の食膳とは思えぬ、質素なつくりの小さな卓。それを挟んで白い絹で寛いだふたりは、無言で杯を取り上げた。
平たい皿は中心が丸く区切られ、さらにその外側を放射状に区切られている。中心には炙った山鳥の肉、放射状に取り巻くように、塩や味噌、香草が盛られていた。スジニの細い指先が山鳥の手羽元を折取ると、味噌を掬って目の前の唇に差し出した。
呆れたように杯を持った手が止まった。それから口元が微笑みに緩んだ。かすかに笑いが漏れる。ゆっくりと誘うように、髭に囲まれた滑らかな唇が開く。艶やかに輝く白い歯がこぼれ、ほっそりとした手指は一瞬躊躇した。それから気を取り直したように、山鳥の手羽を押し込んだ。
吸い込むように肉を舐めていた唇は、すぐにほっそりとした白い関節を食んだ。肉を噛みながら指を舐め、かすかに染まったスジニの頬を上目遣いの視線が射抜く。手首を掴まれたスジニは、薬指を含まれて小さく息を吐いた。もうひとつ、酒の瓶を音もなく置いたジンシクは、何も見えぬという顔でそそくさと辞した。
「このようにして供されると給仕が要らぬな。もしこれがデウンの考案した皿ならば、讃えねば—」
手のひらへの口づけが音を立てる。健啖なスジニのためにというのか、太王は同じように山鳥をむしりとってスジニの唇に差し出す。いやいやと首を振るようなスジニに、太王は笑っておのれの唇を差し出した。
「草を、ひとひら—」
強欲だと王が笑う。強く香る香草を千切ると、太王は寵妃の唇を開いて押し込んだ。強く噛み締め、青い香りが立つ。そのまま貪るように太王が唇を重ねた。侍従の気配は遠く消え、蝋燭の芯がジジ、と鈍い音を立てた。
++++++++++
「食べさせてあげようかな〜?」
悪戯っぽいスジニの声色を避け、タムドクはおおげさに頭を反らした。空振りしたスジニがつまらなそうに自分の口に箸を運ぶ。代わりに無愛想なコップを取り上げたタムドクは、口一杯に頬張って目を細めるスジニを見て微笑んだ。
「どこに入るんだか、よくそんなに食うな…。後で確かめてやる」
言葉尻はげほげほと咳き込んだ大騒ぎに紛れた。真っ赤な顔をして胸を叩くスジニを、タムドクは面白そうに眺めて放っておいた。いつもと同じような白いコットンのシャツ。一日中博物館にこもっていたせいか、カビ臭いような気がする。小首を傾げて眼鏡を持ち上げる仕草に、スジニは小さく笑った。緩く結わえていた長髪を掻き揚げる仕草は、がやがやとにぎわう小さな食堂に馴染んでいた。とうていソウルの売れっ子フォトグラファーには見えない。座り込んだ座敷席で長い脚を折り、今しがたまで格闘していた陶器やら鉄器の埃を纏ったまま、タムドクは満足げに片肘をついていた。
「こんな辛気くさい仕事を受けるなんて思いませんでしたよ。一体どういう風の吹き回しですか?」
酒を流し込み、ようやく落ち着いたスジニが改めて問う。タムドクは答えずにただ笑っていた。
「おカミのお仕事なんてシケてるし嫌いでしょう?こんな、博物館の資料撮りなんて、いくら記念誌用っていったって」
スジニは卓上の皿から味噌を掬って箸先を舐めた。
「そういえばこのお皿、そっくりですねぇ…今日撮ったやつに。ねえ、ボス、何千年前か知りませんが、わたしらの祖先も同じように食べていたのかな?仲のいい人とこうやって、仕事の愚痴でも言いながら、いろんな味のものを並べて—」
タムドクは笑った。いつもは飲まないコップ酒の焼酎が回ったのかもしれなかった。いい気分だ—そう思いながら、軽く口を開けてスジニを待った。サンチュで包んだ肉なのか、ケンニップを畳んだ白い指なのか、いずれにしても噛んで吸ってやろうと待ち構えていた。微笑んだ白い歯列の前で竦んだ箸は、固い音をたてて卓上に落ちた。
by kuro-kmd
| 2011-02-02 22:20
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